天城を進んでいたリクウ達は大広間にたどり着いた頃。
兄を追っていたヴェルド、スオウに送り届けられたティフォンもその場に到着した。
彼を視界に捉えた瞬間、リクウが驚愕の表情を見せる。
「何故ドルヴァがここに! 封印は!? それに貴方の雰囲気はまるで……いや、そんな馬鹿な……」
「ウゼェ」
ブツブツと長い独り言を繰り返すリクウを、スオウが手持ちの煙管でひっぱたく。
「それ痛いんですよスオウ殿!?」
「奴等についての昔話のくだりはもう済んでんだよ。裏で手短に説明してやっから黙っとけ」
「うぇぇ……」
スオウが涙目のリクウを引っ張って行く中、リューネはティフォンへと声をかける。
「どうかしたの? 何か思いつめたような顔をしているけれど」
「いや……」
ここへ来るまでの道中、スオウから聞かされた父親の話を思い出していた。
まだしっかりと整理がついていないからか暗い面持ちになってしまっていたらしい。
心配そうなリューネに大丈夫だと告げ、今は現状の把握と戦いに集中するべきだと心を落ち着かせる。
そんな彼等の元に、説明を終えたらしい二人が戻ってきた。
「粗方の話はしといたからな。オレはもう行くぜ、後はお前らで好きにがんばりな! ……あ、謝礼の酒は忘れんなよー」
「ええ、ありがとう」
軽い言葉を交わしてスオウを見送った後。
リクウはヴェルドとティフォンに現状を軽く説明する。
「僕等の目的は完全なる魔導書の創造を阻止、異空間を開く鍵となる獄幻魔の姫を奪還すること。ええと、ヴェルド君でしたね。貴方は龍覚印を追っているとニースさんから窺っていますが」
「ええ、僕の任務は愚兄が奪った第七の龍覚印を取り戻すことです」
「では共に行動した方がいいでしょう。龍の書を創造するために必要な素材は、全て白幻魔の元に集うはずです。そこに辿り着ければ……」
「その必要はないわ」
「……!?」
氷のように冷たい声がその場に響き渡る。
全員が顔を向けると、そこにはキリをはじめとする『龍を狩る集団』の四人が佇んでいた。
「貴方たちがイルムの元へ行くことはない。ここで私達に倒されるのだから」
「ちっとはオレを楽しませてくれよ? せっかくの戦いだ、あっけなく終わっちまったら興ざめだからな」
「遊びのつもりでいられるのも今のうちだ……今度こそ僕が貴様を倒す」
ヴェルドの殺気を浴び、ターディスは楽しげな表情を見せる。
そんな彼等をそばで眺めながら、クーリアはクスクスと笑みを浮かべた。
「そこの戦闘狂は置いておくとして。私、面倒ごとは好きじゃありませんの。ですから手早く終わらせてしまいましょう」
そう言うと、彼女は己の背に生えたモルムの腕で何かを掴みあげる。
大きな腕に鷲掴みにされたものに、ティフォンが声を上げた。
「リィ!」
「……!? クーリア、貴方この子をつれてきたの!?」
想定外の事に、キリも驚愕の表情を浮かべている。
そんな彼女に、クーリアは当然だというように首を傾げた。
「あら、だってこちらの方が手っ取り早いでしょう。ねぇ、リィ?」
彼女の合図でモルムの腕がぐっとリィの身体を締め付ける。
その衝撃で強制的に目を覚ましたリィは、その双眸に多くの龍を映した。
「あ……あぁ……!!」
「やめろ!」
「ふふ、残念。間に合いませんでしたわね」
ティフォンの剣がクーリアに届く前に、虚ろな目をしたリィの呪いが現れ始める。
「龍……龍……龍ハ……全ブ……滅ボサナクチャ……!」
無機質な彼女の声色と共に、大広間での戦いが幕を開けた。
虚ろな目をしたリィの小さな手が光刃を生み出し、敵味方関係なく大広間の龍を目掛けて放出されていく。
さらにキリ達も攻撃を繰り出す中で、周囲は混戦状態へと陥った。
「くっ……そこにいるんだろう、ガランダス! リィを抑え込めないのか!?」
クーリアの背から延びる巨腕を避けながら、ティフォンは彼女の影の中にいるはずの龍に訴えるが、言葉一つ返ってこない。
「あら無駄ですわよ。これだけ強力な龍が揃っているのですもの。リィの恐怖によって増幅された呪いの力が、あの大きな龍を影に縛り付けて力の供給源にしていますの。だからどれだけお名前を呼んでもお返事なんてできませんわ」
身体を張って彼女を止めていたガランダスの自由も奪われ、リィはただ呪いのままに龍を攻撃する人形と化してしまっていた。
混戦極まる中、ティフォン達は次第に体力を削られていく。
「攻撃が入り乱れすぎて動けない……特にあの小さな子の力が大きすぎる」
「加えて狙いが無差別なせいで、行動が読めません。このままでは……」
攻撃を凌ぎながらシルヴィとリクウが焦りを滲ませる中、ティフォンは何とかリィを止めようと彼女の側まで近づいていた。
(リィの呪いさえ解くことができれば……)
彼女が持つ還爪の能力を使えば、この状況を打破できるかもしれない。
けれどその隙を与えてくれるほど、龍を狩る集団の力は甘くなかった。
「クスクスクス。私を前にしてよそ見だなんて失礼ですわね」
「ぐっ……っ!?」
「ティフォン君!?」
クーリアの身体から出現したモルムの爪が、リィに気を取られていたティフォンの背を斬り裂く。
地に膝を付ける彼を前に、リィは瞳を虚ろにしたまま光を収束させ巨大な爪を生み出す。
その爪が、ティフォンへと振り下ろされる寸前。
「止めろ!」
覇気の籠った声と共に、リィの爪が弾かれた。
「……お前は」
目前に翻る紅の外套に、ティフォンの目が見開かれる。
彼をリィから救ったのは、屈強な龍を従えたラシオスだった。
「ニースさん!?」
「やっと追いついたようだな。リクウ殿、遅くなった! 我々も助太刀する!」
彼女の後に続くようにして、大広間にニース、エンラ、シャゼルも姿を現す。
スオウの後を追い、彼女達も天城へと突入していたのだった。
「どうやら龍覚印を奪った者達がこの場にほぼ集結しとるようじゃの」
「あー! 見つけたわ小娘っ、今日こそアタシの可愛いモルムちゃんを返してもらうわよ!!」
「……また煩い人達が増えてしまいましたわ」
「直属部隊の者達ね」
面倒そうに顔をしかめるキリを、クーリアがクスクス笑って見せる。
「あらそんな難しいお顔をしなくても大丈夫ですわよ。……ねぇリィ? 貴方の怖い龍がまた増えてしまいましたわよ」
「クーリア、貴方……!」
キリが窘める前に、リィが再び動き出しラシオスの前へと躍り出た。
「止めろ、リィは……っ」
傷付いた身体で二人を止めようとするティフォンを、ニースが静かに制する。
「ここは、彼女に任せてもらえるか」
「しかし……」
「大丈夫だ。ラシオスは己がすべきことをわかっているから」
信頼を込めた瞳でラシオスの姿を見つめる。
彼女が構える剣に、迷いはない。
「その様子では、一度思い出したガランダスの事もまた忘れてしまったのだな。……ならば」
ラシオスは真っ直ぐリィを見据え、大剣の切っ先を彼女へと向け叫んだ。
「ガランダスに代わり、私がその目を覚まさせてやる!」
しっかり予習するんだズオ(`・ω・´)