ミラとハイレンの手助けによって状況が変わりゆく中、ターディスとヴェルドだけは戦いを続けていた。
圧倒的なパワーとスピードを駆使して戦うターディスに追い詰められたヴェルドは、広間の扉を背に動きを止める。
「そろそろ終いか? まぁお前にしちゃ粘った方なんだろうがな」
拳を構えるターディスは、とても楽しげだった。
彼にとって、強者と戦うことだけが一番の楽しみなのだろう。
昔からその背を見てきたヴェルドはよく知っていた。どれだけ兄の気を引こうとも、何をしようとも、誰にも縛られることなく進む兄がこちらを振り向くことはない。
彼が興味を抱くのは、己よりも強い存在だけだ。今までも……そしてこれからも。
ヴェルドは鞭を持つ手に力を込める。
「……あぁ?」
なんとか攻撃を耐えていたはずのヴェルドの表情に、ターディスは眉を寄せた。
「お前、何でこの状況で笑ってんだ」
「……笑っている? 僕が……」
その言葉を聞き、ヴェルドは初めて自分が笑みを浮かべていたことに気付く。
相手の拳に圧倒され手が出せず、苦しい状況のはずなのに。
口元を手で覆い、目の前の兄を見る。楽し気に戦い、自分だけに集中している彼を見て、ヴェルドは自分が笑っていた理由を理解した。
(ああ、そうか。僕はずっと……)
覆っていた手を除けると、やはりヴェルドの口角は上がっていた。
その表情に、ターディスもにやりと口の端を持ち上げる。
「お前も楽しんでるみてぇだな!」
ヴェルドは否定も肯定もしなかった。代わりに地を蹴り、鞭を振り上げる。
その動きを合図に彼の召喚龍が火と水を纏いながらターディスの腕を絡め取った。
動きを封じたわずかな間に、ヴェルドは腰につけていた鍵束を取る。
数ある鍵のうち一本を外すと、それを広間の扉に差し込んだ。
「牢獄に捕えた大罪人の力をここに解放する。5号室、開錠!」
言葉と共にカチャリと鍵の回る音が響いた瞬間。
開かれた扉の奥から猛烈な竜巻が巻き起こりターディスを閉じ込めた。
「何だぁ!?」
驚愕の声に構わず、ヴェルドは続けて別の鍵を鍵穴に差し込む。
「一族の役目を継承した者は牢獄に封じた者の力を解放し制御できる。貴様が放棄し、僕が継いだ力だ。僕はこの力で貴様を倒す! 4号室、開錠!」
今度は扉から灼熱の炎が巻き起こる。
炎は風と融合するように渦となり、ターディスの動きを封じた。
「チッ、こんなモン……!」
竜巻から逃れようと宙へ跳び上がる。
しかしそうはさせないと、ヴェルドが次の鍵を回した。
「3号室、2号室、同時開錠!」
同時に開かれた扉から、光と闇の稲妻がターディスめがけて降り注いだ。
「ぐあぁあっ!?」
避けることもできないまま稲妻が屈強な体を貫き、がくりと膝をつく。
しかし傷だらけになっても笑みを浮かべたまま、ターディスは最後の鍵を握るヴェルドを見据える。
「一族の力を使えるまでになっていたとは驚いたぜ。だが、まだ完全に体が出来上がってないお前にはキツいんじゃねぇか」
大きな力の発動には相応の負荷がかかる。
連発して力を使ったヴェルドの体力は枯渇寸前だった。
今ここで勝負に勝っても、後の戦いに加わることはできないだろう。
それでもヴェルドは鍵を持つ手を下ろそうとはしない。
「何を犠牲にしてでも貴様に勝つ。それが幼い頃から抱いてきた願いだ」
最後の鍵を回し、1号室の扉を開ける。
解放された激流の力はヴェルドの召喚龍達と融合し、巨大な水龍となった。
その強大な気配に、ターディスは渦の中で笑みを浮かべる。
炎の渦ではっきりとは見えないが、目の前には己を超えようとした者が今まさにその願いを叶えようとしていた。
ターディスはその脳裏に、己を見上げるしかできなかった子どもの姿を思い出す。
「あのちっせぇガキが、随分強くなったもんだ」
柄にもないことを口にして、小さく苦笑する。
「楽しかったぜ、満足だ」
そう告げるのと同時に、水龍の牙が竜巻ごとターディスを貫いた。
しっかり予習するんだズオ(`・ω・´)