重症を負っていたキリの治療をハイレンに任せ、エンラは周囲を見渡し状況を整理する。
ヴェルドはターディスを倒し、シャゼルがクーリアと戦いを繰り広げている。
多くの魔龍達は外からの狙撃とリューネ達によって掃討されつつあり、大広間の戦いも終盤を迎えていた。
あともう少しでニース達を追いかけることができるだろう。
(残るは……)
まだ姿が見えない直属部隊最後の一人……己の弟子の姿を思い浮かべる。
おそらく彼女もこの天城へ来ているはずだ。
(無事でいればいいが……)
記憶を封じた影響で心が不安定になっている彼女の身を案じている中。
大広間の扉から、突如大きな龍が姿を現した。
「この龍は……イデアル!?」
エンラが驚嘆の声を上げる。
大きな龍の背に乗っていたイデアルは仲間の姿を確認すると、召喚龍をその場へと着地させる。
「エンラ様、申し訳ありません。任務失敗、標的を取り逃がしました。ニース隊長はこちらにいらっしゃいますでしょうか。次のご指示を頂きたく存じます」
「……龍覚印は敵の手中に落ちた。白幻魔を追いかけてニースが先へ向かっておるが……」
イデアルを先に向かわせるか、それともこの場に留めておくべきかと思慮をめぐらせていた時。
「……!?」
「これは……!?」
大広間にいた全員が、城の最奥付近で強大な力の出現を感じ取った。
エンラはその深く重く暗い気配にまぎれて放出された魔力に気付き、すぐさま視線をイデアルに移す。
「……」
彼女はただ目を見開いたまま、天城の奥を見つめていた。
「エンラ様……私……行かなくてはいけません……」
「イデアル!? 待て、お主どこへ行くというのじゃ!?」
「わかりません……でも……行かなくてはいけない気がするのです……」
イデアルはエンラの制止も聞かず、再び龍の背に飛び乗り大広間を抜けて行ってしまった。
まるで何かに呼ばれているような彼女の様子に焦りがにじむ。
強い力の気配に混じって放出された魔力は、かつて彼女が慈しんだ少年のものだ。
(このままでは、あの子の心が……っ)
嫌な予感を振り払うように鍵束を引っ掴み、エンラは弟子の後を追いかけた。
天城の最奥。完全なる魔導書とロミア、6号の力を使い継界へと帰還を果たしたレーヴェンの目的は、世界を破壊し、龍なき世界へと再創造することだった。
はるか昔、自身と契約した頃とは変り果てた彼の願いに、ドルヴァとセディンはどこか悲し気な眼差しを送る。
そんな龍達に、レーヴェンが口を開こうとした時。
「グ……ウァアアアアァァアァアアッ!!」
悲痛な叫びが周囲に響き渡った。
「な、何だってんだ今度は!?」
ガディウスが困惑の声を上げながら音の方へ顔を向ける。
そこには……。
「痛イ……痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ!」
悲鳴を上げ、悶え苦しむ6号の姿があった。
力を抑え込むようにして自分の腕で抱きしめているが、小さな身体から焦炎が溢れ出し無作為に周囲を熱していく。
降りかかる炎を防ぎながら、ディステルは面倒そうに眉を寄せた。
「力の暴走か……」
禁術によって半ば強制的に龍と契約した6号の力は元々不安定なもので、ラジョアの術と契約龍ヴァンドの意志が暴走を抑えていたにすぎない。
しかしラジョアの術は解除され、異空間を繋ぐ穴を維持するために大量の魔力を引き出したことでヴァンドの力も弱まり、制御不能となってしまったのだ。
その身に過ぎる力は害にしかならない。
神をも殺す業を宿すヴァンドの強大な龍力が急速に6号の身体を蝕んでいく。
「ウァ……アァ……グアァアアッ」
全身を焼き裂かれるような苦痛にのまれた6号は、轟音のような声をあげながら誰彼構わず襲い掛かった。
「大人しくしやがれっ!」
ガディウスが振り下ろされる龍腕を拳で受け止める。
以前は殴り返すことができた攻撃。しかし制御を失った今の6号は抑え込むのも難しいほどの力を有していた。
「クソッ! このままじゃ埒があかねえぞ」
『貴様は相変わらず甘いな。その者は元々敵だろう、さっさと倒してしまえばいいものを』
ガディウスの背でセディンがぼやいた台詞に、ニースが苦渋の表情を浮かべる。
確かにその言葉の通り、全力で6号を倒すのが最も現実的な対応策だ。
手にしていた銃口を6号へと向け、引き金に指をかける。
いつもならすぐさま撃ち抜いていた。
しかし彼女は6号がこうなる前の、別の名で呼ばれた頃のことを知っている。
そして己の仲間が、彼を誰より愛し大切に想っていたことを知っている。
息子とも呼べる存在を助けようとした末に心を壊してしまった仲間への気持ちが、引き金にかけた指から力を奪ってしまった。
しかし苦渋の表情を浮かべるニースの想いも知らぬまま、6号はさらに力を増しながら周囲を破壊しようとする。
「グ……アァアッ……ッ」
「……このまま暴れられては面倒だな」
ディステルの冷たい視線が6号を見据えた。
「彼の帰還が果たされた今、最早あの者は不要だ」
氷のような声色と共に、ディステルの契約龍レイゲンが襲い掛かる。
己を蝕む痛みにとらわれた6号は迫り来る龍に気付かない。
「……!? 待て!!」
ニースの制止も届かず、レイゲンが6号に牙を剥いたその瞬間。
「……させません」
痛みに苦しむ6号の瞳には、長い銀色の髪が映っていた。
しっかり予習するんだズオ(`・ω・´)