ストーリーが更新された。
イルミナとロミア、二人の力で制御が可能となった『神の書』によって、レーヴェンが実行しようとしていた『完全なる魔導書』の力の解放に異変が生じる。
「……なるほど、対なる書による消失か」
己の本に起こった現象を、レーヴェンはすぐに理解した。
『完全なる魔導書』は、『魔の書』『人の書』『龍の書』の三つで構成されている。
そのうちのひとつ――悪魔の力を宿す『魔の書』を、対となる神々の力を宿す『神の書』が打ち消したのだ。
これによって、『完全なる魔導書』は『完全』ではなくなった。
「……これで、貴方達の目的である世界の再構築は難しくなりましたね」
リクウの言葉に、ディステルが悔し気に歯噛みする。
不完全になってしまった魔導書で無理やり世界の再構築を行えば、”龍の排除”という現象に耐えられず継界そのものが崩壊する恐れがある。
魔導書の理論を構築した者同士、二人はそのことをよくわかっていた。
……しかし。
「関係ない」
動揺のひとつも含まれていない声が響く。
不完全な魔導書を手にしたレーヴェンは、目的を果たすという意思が消えていなかった。
再び魔導書に魔力を送り込み、世界の再構築を実行しようとする。
「すべては――龍なき世界のために」
たとえその結果、今の継界そのものが崩壊しようとも。
「それだけはさせない!」
「勝手させてたまるかよっ!」
「魔導書が不完全になったことで、その使用にも今までよりさらに時間がかかるはずです! 今のうちに阻止を!」
リクウが声を張り上げ、レーヴェンを止めるべくティフォンとガディウスが同時に斬りかかる。
大きな力がぶつかり合う中、イルムは打ち消された『魔の書』を再創造しようとした。
完成すれば、レーヴェンの魔導書は再び完全になる。
しかしイルムの集中を、漆黒の刃がかき乱した。
創書の術が霧散していく中、イルムは忌々し気にその原因である刃の持ち主……己の対であるズオーを睨む。
「どこまでも邪魔をするというのか。我らが創造主の望みを」
ズオーはただ静かに、イルムへと刃を向ける。
「……お父様」
イルミナの隣で、ロミアが心配そうに父の姿を見つめていた。
レーヴェンのために『魔の書』を再創造しようとするイルムに、ズオーの刃が襲い掛かる。
強力な斬撃の全てを魔術で防ぎながら、イルムは苛立ちを隠せずにいた。
「何故そうまでして創造主の望みを阻む。我等は主の望みの為に生まれた存在。お前は破壊を、私は創造を。それが我らの存在意義であるというのに」
創られた存在は、創造主の意に従い望みを叶えることでこそ、その存在に意味を持つことができる。
だからこそイルムは、己に与えられた創造という役目を澱みなく行ってきた。
その他の全てを切り捨て、望まれた創造だけを最短で実行した。
それに引き換え、目の前にいる黒の悪魔はどうだ。
破壊を司るはずのズオーは道具であるはずの子どもに情を持ち、そのために創造主の意志から外れた行動をとっている。
「己の存在意義を見失った者に生きる意味などない。そもそも、何も生み出すことのできぬ破壊に、私の創造が敗北するはずもない」
イルムの魔術によって光の獣が創造され、ズオーへと一斉攻撃を仕掛ける。
しかしそれらは標的に届く前に、地面を割って現れた巨大な植物と魔獣によって阻まれた。
「ズオー様、姫様! ご無事ですか!?」
「なんとか間に合いましたかねぇー」
ハイレンによって傷を癒されたスカーレットとアーミルが、ズオーを守るようにして光獣を蹴散らしていく。
そしてズオーの元へ、立派に成長した少女が駆け寄った。
「――お父様」
ロミアの手には、スカーレットたちと共にここまでやってきたズオーのぬいぐるみがあった。
そのぬいぐるみには、ロミアを護れるようにとズオーの魂の欠片が込められている。
「私も、お父様と一緒に戦います」
ぬいぐるみから解放された魂の欠片が、ズオーの魂に吸収される。
長くロミアと共にいた欠片には、ロミアの魔力も込められていた。
「……礼を言う」
「はいっ! がんばってください、お父様!」
一人娘の頭を大きな手でひと撫でし、ズオーは地を蹴る。
イルムへと続く道は、配下二人がすでに拓いていた。
「何故……どうして。お前は、ただ破壊を振りまくだけの存在だったはずなのに」
イルムは理解できないまま魔術を放ち続ける。
それらを意に介さず疾走し、黒刀を振り上げた。
「何故、お前は、創造主の意に反してまで」
その問いに、ズオーは刃と共に答えを返す。
「己の存在意義は、己で決める」
漆黒の刃が、光の天球ごとイルムの身体を切り裂いた。
魔術の源である天球ごとズオーの刃を真正面から受けたイルムは、音もなく地に倒れた。
白い羽がヒラヒラと散らばっていく中、彼女は薄れる意識の中で言葉を発する。
「何故……私が敗北、した……?」
理解に苦しむ彼女の側に、そっとイルミナが近づく。
イルムが創造した本来の姿で。
「願いを持つ者は、強くなれるから」
イルミナはただただ静かにそう伝える。
自分がロミアと出会って、彼女を守りたいと願ったように。ズオーも願いを持った。
自身と対等に戦ったティフォンとの再戦、そしてロミアを護るという願いを。
彼女の言葉に、イルムは目を細める。
願いなど、自分には何もない。イルミナやズオーのような願いなど持っていない。
与えられた存在意義にただ従っていただけだ。それを失くしてしまったら、造られた自分には何も残らないのだから。
「やはり……お前は……お前達は……理解、でき、ない」
自分の存在意義を自ら決めるというズオーも、願いによって強くなれるというイルミナも、理解できるはずかない。
しかしそんなイルムに、イルミナは首を横に振る。
「貴方にも願いはあった。はじめから、貴方の願いはただひとつだけだった。それに、貴方は最後まで気付かなかったけれど」
その言葉で、イルムは無意識にレーヴェンへと視線を向けた。
己を生み出した創造主。与えられた「創造」という存在意義。
「けれどそれ以上に、貴方は創造主のために魔導書の完成を望んだでしょう」
全ては彼の望みを叶えるために。
イルミナが言いたいことを、イルムはやっと理解した。
「……そうか。これが、願いというものか」
最後の最後で己の願いに気付き、イルムは小さく笑みを作りながらゆっくりと目を閉じた。
「……」
何も言わずに眠りにつく彼女を見つめるイルミナ。
ロミアが彼女の隣まで歩みより、ふたりでそっと手をつなぎ合わせる。
「――おやすみなさい、おかあさん」
それはイルミナがイルムに贈った、最初で最後の”親”への言葉だった。
イルムの敗北を気配で知ったレーヴェンは、ティフォンとガディウスの攻撃に対応しながら考えを巡らせた。
二人の契約龍であるセディン、ドルヴァは自身が契約していた頃とは違う力を宿している。
彼等を同時に相手取りながら、不完全となってしまった魔導書の発動を行使するのは難しい。
さらに、この場へ集まる複数の気配が感じられた。
ズオーの元に配下二人が戻ったように、足止めをしていた者達が破れ龍喚士たちが集まってきている。
(このまま時間と魔力を消耗しても無駄なだけだろう)
一度、場を整理する必要がある。
そう思い至るレーヴェンに、ガディウスの龍セディンの炎が放射される。
しかしそれを、ディステルの龍レイゲンが防ぎ切った。
リクウを振り切り、レーヴェンを庇うようにして兄弟の前に出る。
「ディステル!」
「うるさい! 私は必ず願いを叶えてみせる」
ティフォンとガディウスに向けてレイゲンを放とうとする。
そんなディステルに、レーヴェンはゆっくりと己が操る憎悪の塊「オルジュ」を動かし――。
『ギアァアアアアアアッ』
龍の悲鳴がこだまする。
オルジュの牙が、レイゲンごとディステルの胸に牙を突き立てていた。
龍の形をした”憎悪の塊”であるオルジュが、味方であるはずのディステルの胸ごとレイゲンに咬みつき、砕く。
その瞬間、レイゲンが今までその能力で吸い尽くしていた力の全てがレーヴェンの中に吸収された。
「ディステル!」
青ざめたままリクウが走り寄り、倒れたディステルを受け止める。
「……どう、して」
困惑と動揺がないまぜになった目でレーヴェンを見上げる。
しかし、羨望と憧憬を抱き続けてきたはずの彼は、ひどく冷えた瞳でディステルを見ようともしない。
「用は済んだ」
氷のように冷たい言葉がディステルの心を一突きにする。
そんな彼の前に、ケラケラと嘲笑を浮かべたダンタリオンが姿を現した。
「ああ、ようやくですねえ。クスクスクス。ずぅっと貴方のそのお顔が見たかったんですよ。これで貴方の仮面も完成します」
楽しそうな笑い声に、ディステルは何も言葉を発さない。
気にも留めずに、ダンタリオンは話を続けていく。
「結局、貴方は自分の本当の願いに最後まで気付きませんでしたねぇ。あの人間をこの世界に戻すだとか、彼の意志を全うさせるだとか、そんなもの貴方の願いの経過でしかないというのに」
「……経過……だと……」
「ええそうですよ。だって貴方の本当の願いは彼の帰還によって――“あの頃”を取り戻すことだったのですから」
その言葉に、ディステルではなく側にいたリクウが瞠目する。
あの頃。
レーヴェンと、プラリネと、ディステルとリクウの四人で旅をして、共に理想を求めた遥か昔の思い出。
そこにもう一度戻ることが、ディステルが本当に望んでいた願いだったというのか。
「その願いにも気付かないで、まるで道化のように動く貴方を見ているのは大変滑稽でした。貴方が願いを自覚して、そんなもの叶うはずのない空想妄想だと知る瞬間を今か今かと楽しみにしていたのですよ。そうして今、こうやって絶望する様が見られた。ああ、とても満足ですよ。クスクスクスクス」
「黙りなさい! これ以上彼を侮辱するのは許さない!」
ダンタリオンの嘲笑にリクウが激昂する中、ディステルは今にも閉じてしまいそうな瞼を堪えながら震える手を動かした。
「……もう一度……私は……」
レーヴェンへと伸ばす。
しかし、彼はその手を取らない。
絶望と悲しみのまま、ディステルはゆっくりと目を閉じた。
伸ばしたままの手を、世界で一番大嫌いな友が握りしめたことも知らないまま。
傷つき倒れるディステルと、必死に名を叫びながら彼の手を握りしめるリクウ。
かつてともに旅をした仲間たちの絶望に染まった表情を前にしても、レーヴェンは表情ひとつ変えることなく、己の手で引き起こした現実だけを直視する。
『……本当に、これでいいのですか』
耳元で、懐かしい声が囁いた気がした。
(……リーベ)
かつて龍王たちへの憎しみを唯一癒してくれた、優しい女性の姿が脳裏に浮かぶ。
人と話すのが好きでいつもあたたかい笑顔をみせてくれた彼女は、巫女として龍に縛られ自由のない身であっても全てを受け入れ、いつも未来を見つめていた。
龍に自由を奪われながらも龍を恨むことも憎むこともなかった。
ただ叶うなら、いつか外の世界を見てみたいですねと笑っていた。
純真で温かな……光のような人間だった。
けれどそんな彼女も、もう己の側にはいない。
聞こえた気がした声も、きっと己の幻聴にすぎない。
(……こうすると決めたのは私だ)
たとえ多くの命を犠牲にしても。かつての仲間を傷つけても。
……彼女が残した、己の息子と呼べる存在が立ちはだかったとしても。
レーヴェンは決して歩みを止めない。
すべては龍なき世界のために。
……彼女のような優しい者が、自由に生きられたはずの世界を作るために。
しっかり予習するんだズオ(`・ω・´)